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#0177@取り締まり対象の変化 [クルマ]

ケータイないのに「通話」で反則キップ 大阪府に10万円賠償命令(産経新聞) - Yahoo!ニュース
このニュースは興味深いですね。クルマを運転しているときにケータイを使うのは道交法違反ということになっていますが、いざ、その疑いで捕まえてみたところ、肝心のケータイ、つまり端末そのものが発見されなかった、というわけですね。ケータイがないのに違反?

おそらく現場の警察官は「通話あるいは操作しているように見えた」と主張しているのでしょうね。ニュースの中でも「どう使っていたかを証明できてない」という話がありますから、警察官が証拠能力のある証言をできなかったのでしょうね。

もし、これが事実なら、警察官は「思い込み」だけで普通のドライバーを違反者に仕立て上げることができる、ということですからね。見過ごせません。

では、たとえば「子供用の玩具ケータイ」を耳に当てたまま運転していたらどうなるのでしょうか? 端から見れば、通話していると思いますが、実際には通話不可能ですよね?
これは極端な例ですが、つまり、それほど目撃証言というのは「あいまいだ」ということです。
オモチャのケータイだろうが、バナナだろうが、耳に当てたまま運転していれば、警察官は停止を命じるでしょう。そういう「挙動」のドライバーは、すべて検挙の対象になりうる、というわけです。

さて、ではそういう、ある意味で立証が難しい「運転中のケータイ使用」という違反を、躍起になって取り締まっている背景は何でしょうか?
その理由を考えてみました。

1.携帯電話を持っている人が多いから
2.ガソリン高を背景に速度違反が減ったから
3.飲酒運転の検挙数が減ったから

だいたい、この3つでしょうか。

まず[1]ですが、ケータイの普及率が高まったことで、ドライバーのほとんどがケータイを持っています。しかし、運転中の通話が違反になることを知っている多くのドライバーは通話や操作を控えます。しかし、不運にも取り引き先や上司など、「出ざるを得ない着信」があったりもするわけですね。取り締まる側は、「その瞬間」を狙っているわけです。ケータイ保有者が増えれば、「その瞬間」が訪れる確率も高くなりますからね。

[2][3]はいわずもがな、ですね。速度違反や飲酒運転の検挙者数が減ると、取り締まりによる「収益」が減りますから、現場の警察官にとっては、「ほかで稼ぐ」必要があるわけですね。最近の社会情勢の変化にともない、

「ケータイ所持・操作」
「一時停止違反」

の検挙数が増えているそうです。みなさんも違反行為をしないように注意してください。手を耳に当てるだけでも捕まるかもしれませんので。疑われないようにするのがイチバンです。

本来、交通取り締まりというのは「正義」のために行われるわけですが、果たして、本当に現場の警察官が「悪を撲滅するため」に頑張っているといえるでしょうか?
どちらかというと、組織から弾き出されないために頑張っているように思えるのですが……。
取り締まりに関しても、かねてより、交通違反の反則金や検挙数に「ノルマ」があるといわれています。警察サイドは公にはそれを否定していますが、実際には「目標」はあるようです。どんな仕事にも目標ぐらいありますから、むしろ当たり前なのかもしれませんが、「誰かが悪いことをする件数」を見積もって仕事をしていると考えるとイヤな気分になりますね。見積もるぐらいなら、違反する前に防止する方にエネルギー(予算や人員)を使ってほしいところです。

で、目標は厳然と存在するとして、首尾良くその目標を達成するためには、当然、「効率のいい方法」というのを考えますよね?
たとえば、もし、深夜の山奥で飲酒検問をやって、たった1人しか検挙できなかったら、そこに動員した警察官の数や、追跡用、キップサイン用として用意したパトカーやバイクのガソリン代、そして、そこで費やしたムダな時間を考えると、当然ながら「これだけの体制で、なんで1人しか検挙できないのか!」と上司に叱責されるのは目に見えています。上司の方も、そんな効率の悪い取り締まりは、二度と指示しなくなるでしょう。

「ケータイ所持」なら、昼間の交通量の多い道路で、目視で確認すればバンバン検挙できます。昼間なら、逃走時の追跡に白バイも動員できますから、ほとんど逃げられることもありません。おそらく、丸1日あれば、相当数が検挙できるのではないですかね。楽に、効率よく。

そういう「誰かが悪いことをするのを待つ」ような仕事はやりたくないですね、ワタシとしては。

タグ:違反 ノルマ
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#0176@映画「新幹線大爆破」 [映画]

日本にもあった「公共の乗り物パニック映画
映画「新幹線大爆破」を見ました。

公開:1975(東映)
監督:佐藤純弥
主演:高倉健
助演:千葉真一、宇津井健、竜雷太、北欧寺欣也、丹波哲郎、鈴木瑞穂、田坂都、山本学、渡辺文雄、黒部進、藤田弓子、田中邦衛、多岐川裕美、宇都宮雅代、十勝花子など。

東海道山陽新幹線に爆弾を仕掛けるというパニック映画。高倉健ほか3人の爆破犯と警察の攻防、新幹線内のパニックの情景描写が見どころとなっています。
今どきの常識で捉えると、国鉄(当時)や羽田空港、日産自動車、首都高速などが、かなり撮影に協力的だったのではないかと、感じさせます。「よくもこんな撮影を許可したなぁ」と感じました。どう考えても、普通の人ならオフリミットになりそうなエリアで撮られているからです。
ところが、ネットで調べてみると、どうやらそうではなく「隠し撮り」や「ゲリラ撮影」に限りなく近い方法で撮影された場面も多いそうです。

となると逆に、東映の大作であるにもかかわらず、そこまでリスクを負って制作したという点では評価すべきなのかもしれませんね。

さすがに「模型の新幹線」が疾走するサマは、すぐにそれとわかりますが、当時のジオラマの技術ではいたしかたないでしょう。それでも特撮としての効果を十分に発揮していると思います。
新幹線に仕掛けられた爆弾の爆発を回避するために、車内から爆弾の配線をカットする場面や、ほかの列車に被害が及ばないように速度調整の指示を出したり、走る線路を切り替えたりする場面は、「なるほど、その手があったか」と、フィクションと知って見ているのに、妙に合点させられてしまいました。

その特撮や描写の評価はともかくとして、ワタシがイチバン驚いたのは、出演者の顔ぶれです(超豪華キャスト)。ちょい役に大物俳優を多数起用していますしね。それに、エキストラの数も凄く多いです。ロケよりも、国鉄の司令センターや新幹線車内の描写がメインなので、その分、人をたくさん使えたのかもしれませんね。

爆破予告犯の末路は……。たぶん、誰もが納得できるラストシーンなのではないでしょうか。

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#0175@「ムダ」の極み [ニュース]

首相指名選、若林・元農相案を軸に検討
http://www.so-net.ne.jp/news/cgi-bin/article.cgi?gid=mai&aid=20090908-570-OYT1T00393
この「首相指名選挙」って、国会の運営上、どうしても必要なのでしょうか。自民党だって、勝てないのがわかっているから、誰を候補にするか困っているのではないですか。

それなら、候補を立てず、全員白票を投じるのがもっともムダな労力を使わなくていいと思うのですが……。極論すれば、もし制度上可能であるなら無投票選挙がベストかな、とも思うわけです。もちろん、それではどこかの独裁国家とやっていることが同じになってしまいますが、日本の場合、外国からそういう批判を受けるとは思えませんし。

おそらく、今現在も、その「候補調整」のために、どこかの料理屋やホテルレストラン、客室、ロビー、喫茶店など相当多数の場所で、自民党員同士の数人単位の会合が行われているのだと思われますが、そこで使う「飲食代」こそ、まさに「ムダ」ではないですか? そんな会合を何度繰り返しても、選挙の結果は変わらないでしょうからね。ムダ中のムダ、ムダの極みです。

選挙を行わないことにすれば、「投票のための段取り」がすべて不要になるので、トータルでは「税金の節約」になると思います。

タグ:首相指名
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#0174@韓国みたいに [ニュース]

駆け込み「天下り」省庁関与、民主が検証方針
http://www.so-net.ne.jp/news/cgi-bin/article.cgi?gid=soc&aid=20090908-570-OYT1T00049
またまた「天下り」のニュースです。民主党が、政権交代を睨んで「駆け込み天下り」が行われたことを批判しています。

政権交代というと、それまでの政党と異なる政党が実権を握るということですから、それまで野党だった民主党が、常々批判していた「自民党流の官僚とのつき合い方」を否定するのは当たり前ですね。

民主党幹部は、テレビインタビューなどで「自民党には健全な野党として頑張ってもらいたい」などと、オトナの発言をしていますが、本来なら、自分たちが批判していることを、延々と続けてきたのが自民党なのですから、もっともっと「糾弾」してしかるべきではないですかね。

それこそ、天下りの問題にしても、自民党議員が無関係ということはあり得ません。各省庁に政務次官を送り込み続けているわけですからね。知らないハズがないと思います。

議員が天下りに関与しているなら、そこには利権があるはずですから、徹底的に洗い出したらどうなんですかね。今はその「権限」を持っているわけですからね。

韓国では、軍事政権が終わって民主化されて以降、政権が変わるたびに、前政権の不正が明らかになっています。「大統領」になるまでは周囲が協力してくれたのに、その座を降りると徹底的に攻撃されてしまうという……。

日本でも、民主党がその気になれば、いろいろと「ホコリ」が出てくると思いますけどね。何しろ、50年以上の「歴史」があるわけですからね。

スキャンダルを望むわけではないですが、不正が存在していたことを、ヘタに隠蔽しようとすると、民主党はその政治手腕を問われる前に、国民に愛想を尽かされてしまうのではないでしょうか。

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#0173@映画「エバン・オールマイティ」 [映画]

ノアの箱舟を現代版としてリアルに再現?
「エバン・オールマイティ」を見ました。
公開:2007年(アメリカ
監督:トム・シャドヤック
主演:スティーブ・カレル
助演:モーガン・フリーマン

大統領を目指す下院議員が、「神のおつげ」により「箱舟」を作ることになるというストーリーです。そのいきなりの行動の異常ぶりに、周囲の人は驚きます。家族、秘書、同僚議員も箱舟作りをやめさせようとしますが、結局作ることに……。

いわゆる「ノアの箱舟」の現代版で、箱舟には数多くの(一対の)動物が乗り込み、洪水から難を逃れるという設定です。見始めの段階では「カルトな宗教映画か?」と思い、ちょっと身構えましたが、実際にはファンタジック・コメディでした。

展開としては、「ノア~」に倣って洪水は予定通り起きます。しかし、そこは現代版ですから、今どきの常識とツジツマを合わせなければいけないので、その原因を「設計ミス、もしくは手抜き工事によって作られたダムが決壊するから」という設定にしています。しかも、その工事には国会議員も関与しているということで、今どきの社会構造が引き起こしがちな「人災」を風刺しています。

舟に乗り込む動物は、舟の完成が近づくにつれて相当数集まります。これはもちろん、CGや特撮により、うまく合成されているわけですが、もしこの映像をスクリーンで見たら、かなり迫力はありそうでしたね。テレビで見たのでそのスケール感がいまいちわかりませんでしたが……。

名優:モーガン・フリーマンは、神様役として登場します。主人公に「舟を作れ」と、何度も登場して話しかけます。そして、舟作りが原因で崩壊した家族関係をも修復しようとします。

作品全体としては、SFファンタジック・コメディという感じですが、家族で見ると、ほのぼのとして、いいのではないでしょうか。

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#0172@映画「ピンクの豹」 [映画]

意外なほど高人気でアニメに発展
ピンクの豹」は、連作のシリーズものである「ピンクパンサー」の記念すべき第1弾です。

公開:アメリカ(1963年)
監督:ブレイク・エドワーズ
主演:クラウディア・カルディナーレ
助演:ピーター・セラーズ

クルーゾー警部を演じるピーター・セラーズを「助演」と書きましたが、実際には脇役です。この作品では、ピーター・セラーズは主役ではないのです。おそらく、当初は連作の予定はなかったと思われますが、思いのほか人気が出たためにシリーズ化された模様。日本ではアニメーションの人気も高いですが、アニメ版は、翌1964年から始まったそうですから、その高人気の様子がうかがえます。この作品以降、約30年の間、シリーズは続きました。

ストーリーは、アラブの王女(クラウディア・カルディナーレ)が持つ「ピンクの豹」というダイヤモンドを狙う怪盗「ファントム」の陰謀と策略がユーモラスに展開します。クルーゾー警部とその妻が、その策略に絶妙に絡み合います。クルーゾー警部が、妻同伴でリゾート地に捜査に赴くという、よく考えると「ありえない」設定なんですが、そのリゾート地での、各キャストのやり取りが痛快です。単にコミカルなだけでなく、アクションが取り入れてあるので、「次はどうなるのか?」というワクワク感も堪能できます。そして、最後に犯人は捕まりますが、ラストは意外な結末に……。

「ピンクパンサー」シリーズの第1作ということですが、それと知らずに普通のコメディ映画として見ても、純粋に「笑える」作品です。


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#0171@ジャングル大帝 [テレビ番組]

フジテレビの特番アニメを見ました
ジャングル大帝のテレビオリジナル版(約2時間)の特番を見ました。ストーリーはオリジナルとのことですが、テーマとしては、いかにも手塚治虫らしい内容になっていたと思います。
というかむしろ、「手塚イズム」を一生懸命表現しようと、制作サイドが気合いを入れすぎてしまったのではないか? とさえ思える力作です。

手塚作品の多くは世の中はとても複雑で、「完全な悪、完全な善」は存在しないということを、われわれ「凡人」に示唆してくれます。それこそが人間らしさ、人間くささだと。その上で、

「欲張るな、おごるな、さもないと……。しかし未来はある。希望を持て」

と、生きる勇気を与えてくれるわけですね。

よく、「手塚作品にはヒューマニズム」を感じるという人がいます。たしかに、普遍的な意味で「人間はどうあるべきか?」を常に示唆してくれている感はあります。そもそも本来のヒューマニズム(英語)には、「人間第一主義」「利己的な人類愛」といったような意味合いもあるようですが、日本人がヒューマニズムという言葉を使う場合、そうした悪意を含むことはないようです。それもきっと、手塚治虫がヒューマニズムを善意として日本人の心に定着させたからではないでしょうか。

今回の「ジャングル大帝」も、ネタバレするので詳細は書きませんが、そういうテイストになっていました。「人間が自然を支配できるか?」 という問題提起があり、そして結局、「それは無理だ」ということになるわけですね。その展開自体は、ある程度(見る前から)予想できたことですが、その「着地点」をどこに持っていくのか? その点にばかり注目して見ていました。子供向けっぽい作りの中で、いかに「大人も納得する哲学的な着地点」を見いだしてくるのかに期待しました。

その点については、見る人それぞれの感想になると思いますが、ワタシの場合、自然を支配しようとする「大山賢造」という人物の声アテを、テレビアニメ版のブラックジャックの声を担当した大塚明夫が演じているというところに「着地点」を見つけました。大山賢造は、物語の中に登場する「唯一の悪」です。それが手塚アニメのヒューマニズムの象徴であるブラックジャックと同じ人によって演じられている、という点に制作サイドのメッセージ性を感じました。

つまり、そういうことなのか、と。


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#0170@映画「黒い雨」 [映画]

じわじわ現れる「黒い雨」の影響
公開:1989年(日本)
監督:今村昌平
主演:田中好子、北村和夫、市原悦子

広島原爆症の脅威をリアルタイムで描いた作品。広島では爆心地で被爆した人以外に、放射能雨によって原爆症になった人が多いといわれていますが、その雨を浴びたことでその後、悲しい人生を送ることになった女性を田中好子が好演しています。北村和夫、市原悦子のほか、小沢昭一、三木のり平、小林昭二など演技派が脇を固めており、味のある作品に仕上がっています。全編モノクロというところもいいですね。石丸謙二郎が木の枝でけんすいをやっていた場面では「この頃から筋肉自慢だったのか」と、ちょっと笑えましたけど。

ロケは岡山の山間部を舞台に行われたようですが、当時の様子を再現するのに木炭バスを使ったりと、情景作りに凝っていました。

この作品でワタシが感じたのは、「原爆症にむしばまれる恐怖」が、これほど底知れないものであったのか、ということです。わたしたちは、「事後」を知っていますので、原爆症に関するいろいろな「情報」を持っていますが、当時、広島や長崎で暮らしていた人たちは、原爆症がいったいどんな病気で、どのように進行するのか、あるいは発症するのかどうかすらわからない中で、毎日その恐怖に追い立てられながら生きていたのではないか、と考えられるわけです。
とはいえ、同情する以上のことはできないわけですけど……。


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